がん診療について

がん治療について

個別化医療に向けて 変わりゆく肺がんの薬物療法
はじめに

がんは日本人の死因の中でも最も多く、およそ3人に1人はがんで亡くなっています。なかでも肺がんは、近年患者さんの数が増え続けています。また、がんは死亡率の高いことが医療上大きな問題となっていますが、2010年には約7万人が肺がんで亡くなっています。全国調査では、男性ではがん死因の第1位、女性でも大腸がんに次いで第2位になっています [図1] 。

図1:主な部位別がん死亡率の年次別推移
イメージ図 図1 主な部位別がん死亡率の年次別推移

 

肺がんとは

肺は、気管、左右の気管支、そして酸素と二酸化炭素のガス交換を行う肺胞から成り立つ器官です [図2] 。肺がんは、これら構造物の一部の細胞が何らかの原因でがん化したものです。進行するにつれて、まわりの組織を壊しながら増殖を続け、血液・リンパの流れに乗って広がり、やがては転移を起こすという特徴を持っています。

図2:肺の構造
イメージ図 図2 肺の構造

 

肺がんの原因

肺の細胞の中にある遺伝子に傷がつき、遺伝子が変異を起こすことでがん細胞が生まれます。原因として代表的なものは、喫煙と受動喫煙です。その他、アスベストなどの吸入なども原因になると考えられています。肺がんの患者さんが男性に偏っている理由として、喫煙率の高さが強く関連しています。喫煙は肺がんに罹患するリスクを著しく高めることが明らかになっています [図3] 。

図3:非喫煙者群の肺がん罹患リスクを1とした場合の禁煙者群および喫煙者群の相対リスク
イメージ図 図3 非喫煙者群の肺がん罹患リスクを1とした場合の禁煙者群および喫煙者群の相対リスク

 

肺がんの治療について

肺がんの治療においては、まず肺がんの種類(組織型)[図4] や遺伝子の型、がんの広がり(病期、ステージ)などが総合的に検討されます。さらには患者さんの体力、心肺機能なども考慮して適切な治療法が決まります。具体的には、抗がん剤を中心とした薬物療法、放射線療法、手術療法などが挙げられます。早期の肺がんであれば手術療法が選択されます。しかしながら、患者さんは症状が出現して初めて医療機関を受診することが多いため、診断された時点で既に進行期である場合が多くなっています。また手術によってがんが切除された後に、術後化学療法が選択されることもあります。結果として、肺がん患者さまは抗がん作用を持った薬物療法を受ける割合が高くなっています。

図4:肺がんの種類
イメージ図 図4 肺がんの種類

 

薬物療法について

薬物療法とは、抗がん剤による全身療法を意味します。一般的な抗がん剤は殺細胞性抗がん剤などと呼ばれ、活発に分裂・増殖する細胞に働きかけてその増殖を抑えます。このため、 がん細胞だけではなく、 分裂・増殖細胞が多く含まれる毛髪、骨髄なども影響を受けやすく、様々な副作用が現れます(脱毛、血球減少など) 。 このような抗がん剤とは違って、近年では、がん細胞においてある特定な働きをする分子に狙いを定めた分子標的薬による治療も行われるようになってきています[図5] 。

図5:分子標的薬と抗がん剤
イメージ図 図5 分子標的薬と抗がん剤 分子標的治療 イメージ図 図5 分子標的薬と抗がん剤 従来の薬物療法イメージ図 図5 分子標的薬と抗がん剤 がん細胞と正常細胞

 

分子標的治療について

分子標的薬は、特定の分子を持った患者さまには優れた効果を発揮します。肺がんでは、EGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子といった遺伝子変異がみられ、この2つをターゲットとした治療が、医療の現場で実際に行えるようになっています[図6・7]。 また、これら以外にもさまざまな遺伝子変異の型が存在する事がわかってきており、昨今は臨床試験が盛んに行われています。分子標的治療を行う場合には、実際のがん組織を詳細に調べ、遺伝子検査を行って標的となる分子を持っているかどうかを事前に調べることが重要です。このような遺伝子変異を有する患者さまは、重喫煙歴※がない、組織型が腺がんである、といった特性があると考えられています。
※重喫煙とは、1日の喫煙本数×喫煙年数=600以上とされています。

図6:EGFR遺伝子
イメージ図 図6 EGFR遺伝子「EGFR」とは、がん細胞が増殖するためのスイッチの ような役割を果たしているタンパク質のことで、がん細 胞の表面にたくさん存在しています。このEGFRを構成 する遺伝子の一部(チロシンキナーゼ部位)に変異があ ると、がん細胞を増殖させるスイッチが常にオンとなっ ているような状態となり、がん細胞が限りなく増殖して しまいます。 

図7:ALK融合遺伝子
イメージ図 図7 ALK融合遺伝子「ALK融合遺伝子」とは、なんらかの原因により「ALK 遺伝子」とほかの遺伝子が融合することでできる特殊な 遺伝子のことです。「ALK融合遺伝子」があると、この 遺伝子からできるタンパク質(ALK融合タンパク)の作 用により、がん細胞を増殖させるスイッチが常にオンと なり、がん細胞が限りなく増殖してしまいます。

遺伝子検査と遺伝子変異
肺がんでは、レントゲン写真などで肺がんが疑われた場合に、気管支鏡という検査器具を使って肺の組織や細胞を採取したり、痰を採取したりして、そのなかに本当にがんがあるかどうかを調べます。肺がんと確定診断された場合には、ALK融合遺伝子またはEGFR遺伝子変異があるかどうかを追加検査します。ALK融合遺伝子やEGFR遺伝子変異は、多くの場合、確定診断のときに使った「組織」や「細胞」を用いてそれぞれ検査を実施します。

 

分子標的治療の理想と現実

分子標的治療の普及は、患者さま1人ひとりに合った治療を施すことが可能になったという意味で、がん治療は『個別化医療』の時代を迎えたと考える事が出来ます。また分子標的薬の多くは内服薬であるため治療への抵抗感も少なく、一般的には副作用の発現は少ないと言われています。しかしながら、特定の遺伝子変異がない、あるいは見つかっていない患者さまの方が実際には多いため、その利用については未だに限定的であるというのが現状です。また、時に重篤な副作用が出現する事もあり、効果とともに副作用についても注意深い経過観察が必要です。

イメージ図 ALK融合遺伝子・EGFR遺伝子変異の治療薬ALK融合遺伝子・EGFR遺伝子変異の治療薬

ALK融合遺伝子が認められた場合は「ALKチロシンキナーゼ阻害剤(ALK阻害剤) 」、EGFR遺伝子変異が認められた場合は「EGFRチロシンキナーゼ阻害剤」というお薬を使うことができます。ALK融合遺伝子、EGFR遺伝子変異のいずれも認められなかった場合には従来の抗がん剤による治療を行います。日本肺癌学会によるガイドラインでも、遺伝子検査を行って遺伝子変異の有無を調べた上で、患者さまに合った治療を選択することを推奨しています。






 

おわりに

当院においても、肺がんと診断された際には、先述の遺伝子検査を積極的に行っています。基礎研究や薬物開発が更に進んで、1人でも多くの患者さんが、自分に合った個別化医療を受けられる時代になることを願っています。

【参照】
・がんを学ぶ ganclass.jp(ファイザーオンコロジー)
・がん情報サービス ganjoho.jp
・健康ライブラリーイラスト版 新版 「防ぐ、治す肺ガンの最新治療」(講談社)

※このページの記事は、2015年1月現在の本邦での肺がん治療状況に準拠した内容になっています。