産婦人科

和痛(無痛)分娩について

そもそも陣痛って何ですか?

子宮は平滑筋という何層かの筋肉の束からできています。この筋肉の束は、主にオキシトシンと呼ばれるホルモンによって収縮し、収縮したときの情報は神経を介して大脳に伝わり、“痛み”として認識されます。3kgもある胎児を狭い産道から体外に押し出すのですから、とても大きな力を必要とし、長時間の痛みを伴う強い子宮の収縮により当然母体の体力も消耗するわけです。このとき子宮収縮により子宮内の血管も圧迫されるから、胎盤への血流も一時的に減少し、胎児への酸素供給は滞ります。つまり、子宮収縮の後は毎回弛緩を繰り返すことで、胎盤はそのつど充分な血流を取り戻し、再び胎児へ酸素を送り込むことができるのです。これが、陣痛が周期的に起こる理由です。

産痛があるのはヒトだけですか?

子宮のある哺乳動物は、大なり小なり陣痛があります。けれども、ヒトほど長時間にわたる強い痛みはありません。どうしてヒトは他の動物に比べそれほど強い陣痛があるのでしょうか。それはヒトが四つ足歩行から二足歩行をし始めた進化の過程に関係しています。四つ足動物の骨盤はほぼ直線的ですが、ヒトの骨盤は複雑なS字状の弯曲をしており、胎児の頭も体に比して大きく、母体の骨盤の壁との隙間が小さいので、強い娩出力と長時間の出産時間を必要とします。このため、他の動物に比べて難産となりやすく、陣痛の痛みも強いのです。

産痛が起こる仕組みはどのようなものですか?

じつは産痛とは子宮収縮による痛みだけではありません。お産の後期に児頭が腟や外陰部を広げる痛みも含まれます。そこで、産痛には大きく二種類の神経が関与しています。一つは脊髄の中でも胸髄~腰髄部位から出て子宮の収縮痛を脳に伝える神経で、主に分娩の初期から中期にかけての痛みはこれによるものです。もう一つは脊髄下部の仙髄から出て、児頭が産道を下降し、腟や外陰部を広げるときに生じる痛みを伝える神経で、分娩後期の痛みに関与します。お産の痛みを完全に取るためには、この二種類の神経の働きを共に抑える必要があります。

人体にもともとある産痛を抑制するしくみとは

もしも、陣痛の痛みが麻酔をしないで行う手術のような痛みであったとしたなら、女性にとって陣痛は耐え難いものとなり、地球上の女性は誰もお産などしなくなるでしょう。それではなぜ陣痛の痛みを一度経験した女性が、時と共に次の出産への意欲が湧いてくるのでしょうか。それは、陣痛の痛みが他の体の痛みとは本質的に異なるからです。体の痛みに対し、もともと人体には痛みを和らげる仕組みがあります。それは“疼痛抑制系”と呼ばれるのですが、この疼痛抑制系には脳内オピオイドと呼ばれる麻薬の一種であるβ-エンドルフィンという物質が関与しています。じつは自然分娩には、このβ-エンドルフィンが大量に血中に放出されることが解っています。この物質には強力な麻薬作用があるため、分娩中の痛みを緩和するばかりか、出産後の女性におおきな満足感や幸福感をもたらすと考えられています。そして同時に健忘作用もあるのです。この仕組みのため女性は本能的に幾度となく出産に臨むことができるのですね。

自然分娩と和痛分娩/和痛分娩の意義

ただし、このβ-エンドルフィンを産生させその恩恵にあずかるにはある条件が必要です。それは、分娩中の女性の精神状態を阻害するような要因をできる限り排除できることです。すなわち、不安や恐怖といった不快な感情を持たない安定した心理状態を保てるよう、光や音、室温なども適切に調節し、安心してお産に集中できる環境を整えることです。こうした環境では脳内麻薬が大量に産生され、ある意味で自然の和痛分娩をしたことと同じになり、その良い記憶が次の出産に臨む動機付けになるのです。ラマーズ法などの自然分娩は、すべてこうした考えに基づくものです。しかし、何らかの理由でこうした条件を満たせない場合、β-エンドルフィンは放出されず、痛みは緩和されず、不安や恐怖だけが支配する辛いお産に終わってしまうことでしょう。しかし、すべての女性が上記の理想的条件に恵まれるとは限りません。好ましい出産環境を得られない場合、あるいは痛みに敏感な体質や精神的に何らかの不安を抱えた場合など脳内麻薬が産生されにくい出産も少なからず存在します。そういった時こそ、現代医学の恩恵でもある和(無)痛分娩の出番となるわけです。

和痛分娩と無痛分娩の違い

和痛分娩と無痛分娩は厳密には多少意味は異なりますが、現実的には両者は混同され同義語として扱われることが多いようです。医学的手法で産痛を取り除くためには、何らかの方法で麻酔薬を使用する必要があります。麻酔薬ですからその使用する量によって、帝王切開も可能なほど完全に痛みを取ることもできます(無痛分娩)。しかしその場合、筋肉を動かす神経までも同時に麻痺させてしまうので、陣痛は消失し、足も動かせないばかりか、出産直前のいきみすら加えることができなくなります。ですから、いきむ力を温存できるよう、麻酔薬の量を調節し、ある程度の陣痛は残しておく必要があります。具体的には100%の痛みを30%程度に抑えることが理想的と考えます(和痛分娩)。

当院の和痛分娩方法

和痛分娩にしろ無痛分娩にしろ、一般的に麻酔分娩には硬膜外麻酔という手法が用いられます。ただ、硬膜外麻酔をどのタイミングでどのように実施するかは、施設により若干の違いがあります。当院は硬膜外麻酔の持続注入法をいう手法を採用しています。以下、その具体的方法を説明します。

和痛分娩が可能な妊婦

理論的にはほとんどすべての出産に和痛分娩は可能なのですが、当院では安全性を考慮し、以下のような妊婦が対象となります。

対象妊婦

①児頭が下方(頭位)にあること
②胎児が1人(単胎)であること
③妊娠37週から42週まで(満期産)の自然分娩もしくは計画出産
④和痛分娩について理解し、本人と配偶者の署名捺印のある承諾書を有すること

禁忌

①血小板減少症
②高度肥満
③狭骨盤
④巨大児
⑤過去に帝王切開の既往あり
⑥麻酔に影響のある合併症
⑦難産や緊急帝王切開の可能性が高い症例

和痛分娩の実施時期

和痛分娩を始めるタイミングはもちろん陣痛が始まってからですが、あまり早期に開始するとせっかく始まった陣痛が消失してしまう恐れがあります。そのため、ある程度陣痛が定着した時期、すなわち分娩進行期でいえば子宮口が4~5cmになったときがベストでしょう。ただし、経産婦などでは出産時間があまりに短いと、準備に手間取っている間にお産が終わってしまうこともあります。そのため、陣痛が無い段階で硬膜外麻酔のカテーテルをあらかじめ挿入しいつでも開始できるよう準備だけしておき、陣痛を人工的に起こしたあと、適切なタイミングで麻酔薬を投与する計画和痛分娩を選択する場合もあります。

硬膜外カテーテル挿入

当院の和痛分娩は、背中に挿入した硬膜外カテーテルから、持続的に局所麻酔薬を注入する方法をとっています。まずは背中を丸めた横向きの姿勢から、特殊な針を通して硬膜外カテーテルを留置します。繊細な手技ですが、15分ほどで完了します。カテーテルの先には、局所麻酔薬を入れたバルーンが装着されており、そのバルーンの収縮により、カテーテルを通して一定量の薬剤が背中に注入される仕組みです。

薬剤投与開始の時期

自然陣痛発来あるいは計画出産、いずれも子宮口が4~5cm開大の時期がベストです。しかし、それ以前であっても、腹痛や腰痛が強くなってきたなら開始の時期でしょう。初めはやや少なめの薬剤量から始めますが、児頭が産道を下降して肛門周囲の痛みが出始めたら薬剤を増量します。

硬膜外麻酔の合併症

和痛分娩の合併症には、カテーテル挿入手技によるもの、麻酔薬によるもの、分娩への影響、などがあります。胎児への影響が無いことは、これまで医学的に立証されています。カテーテル挿入手技や麻酔薬による合併症は統計的に稀なものです。また、分娩への影響は多くの場合に起こり得ますが、下記の方法で対応可能であり特に問題ありません。

カテーテル挿入手技によるもの

①硬膜穿破:硬膜外麻酔は硬膜外腔という5mmほどの狭い空間にカテーテル先端を留置しますが、万が一、カテーテルが硬膜外腔を貫いてしまった場合、和痛分娩は中止となります
②頭痛:もし硬膜穿破をしてしまった場合、たいていは数日間の頭痛が発生します
③神経麻痺:カテーテルが神経を圧迫してしまった場合、足の痺れを伴うことがあります

麻酔薬によるもの

①呼吸困難:麻酔薬が脊髄上方にまで及んでしまうと呼吸困難になることがあります
②局麻中毒:麻酔薬が血管に流入した場合、まれに意識消失や痙攣、ショックなどの重篤な症状を発生します
③全麻酔:麻酔薬が硬膜外腔を越えてその奥のクモ膜下腔に流入した場合、呼吸筋麻痺や意識消失する恐れがあります

分娩への影響

①微弱陣痛:硬膜外麻酔は陣痛の痛みを抑えるだけでなく、子宮収縮も弱めます。そのため多くの場合、陣痛促進剤(オキシトシン)を併用することになります
②器械分娩:硬膜外麻酔によりお産の最後の段階で強くいきむことができなくなります。その際は吸引分娩や鉗子分娩の手助けが必要となることがあります

和痛分娩ができない場合

和痛分娩を予定していても、残念ながらできない場合があります。和痛分娩は特殊な技術ですので、実施できる医師も限られます。また、和痛分娩には慎重な呼吸・循環の管理が必要となります。このような理由から、以下のような状況では、必ずしも実施できないことがあります。

①平日の深夜帯
②土曜、日曜、祭日
③出産病棟に同時進行のお産が複数立て込んでいるとき
④担当医師が緊急手術等で対応できないとき

和痛分娩料金

和痛分娩料金は自費となり一律5万円です。ただし陣痛促進剤費用は別料金となります。

 

以上、当院の和痛分娩について説明です。疑問の点は気兼ねなく外来スタッフにお尋ねください。